<   2009年 10月 ( 30 )   > この月の画像一覧

『マリと子犬の物語』 風邪気味 キウイフルーツ

今日も良い天気。風邪気味で喉、腰が痛く、肩が張り、鼻水が少し出る。昨日、夕方、早めに硝子戸を閉めたら、その後室温が急に上昇し汗をかいたのが直接の原因。風邪をひくと全体に調子が狂い、昨夜は寝付きも悪く、30分ぐらい寝付けず眠りに入ったのは10時半だった。何時もは、床に入れば、バタンキューで直ぐ眠れるのに変だった。目覚めたのも4時半で少し遅かった。娘がハワイから無事帰ってきたので安心したためもあるだろうか。娘がハワイから買ってきたホノルルクッキーを食べる。種類が多く意外においしかった。ハワイ土産の定番になるだろう。ただ、チョコレートの付いたクッキーは夏場の土産では少し問題が残る。24度で溶けだしている。娘が、ドライブの運転手をするからと提案しに来る。でも、風邪を理由に断る。ハワイの報告をして行った。レンタカーで島内一周をしたのが楽しかったと言っていた。ナビは日本語で、高速の進路変更も早めに教えてくれて、楽しいドライブが出来たと言っていた。友達の結婚式はダウンタウンで行われたと言う。洗濯の後は、風邪気味のため基本的に家でゆったりしている。これまでに読んだ本の整理をする。小淵沢の教え子からキウイフルーツが50個ほど届く。ほかに、白菜、ほうれん草、サラダ菜、大根、サツマイモ、ブロッコリーが入っていた。肩が痛い。腰が痛い。首筋が詰まる。妹から電話がある。今朝、7時半から30分間ぐらい酷い眩暈で起き上がれなかったと言う。10時半ぐらいになってようやく電話がかけられる状態に戻ったとの連絡があった。昼食後、リバーサイドアピタに買い物に行く。スターバックスでトールラテを飲む。天気が良いが霞んでいて、周りの山はほとんど見えない。歩くとはっきりするが、風邪の調子は良くない。ビデオを見る。『マリと子犬の物語』2007年、東宝。2004年の新潟県中越地震で、山古志村(現・長岡市)で起きた実際のエピソードを元に映画化された。新潟県山古志村に住む仲良し兄妹、亮太と彩。母親は病気で亡くなり、父親と祖父の4人家族だった。ある日、彩は原っぱで捨て犬を拾う。父親が犬嫌いのため、一度は諦めようとするが、彩はひとりぼっちの子犬を見捨てる事ができない。父親も彩の優しい心に負け、一家で飼う事になった。マリと名づけられた子犬はすくすくと成長し、ある日、子犬を3匹産んだ。家族が増えて彩と亮太は大喜び。そんな時、山古志村を悲劇が襲った。村人たちが避難した後、16日後、無事救助された犬たちのエピソードは、住む所を失くし、失意の底にいた人々に生きる勇気を与えた。この奇跡のような実話は、「山古志村のマリ」として発表され、アニメやコミックにもなっている。
新潟中越地震、発生。一瞬にして山々は崩れ、地面は裂け、家々が崩れ落ちる。家にいた彩(佐々木麻緒)と優造(宇津井健)は倒壊した家屋の下敷きになり、大ケガを負う。仕事のために山古志を離れていた優一(船越英一郎)と、小学校に行っていた亮太(広田亮平)は危うく難を逃れるが、大きな地震が続き、亡き母の妹である冴子(松本明子)や小学校の担任(小林麻央)たちと避難所で救助を待つしかなかった。彩を抱いた優造は、人生の最後を覚悟した。しかしその時、薄れゆく意識の中で聞き覚えのある声がした。愛犬マリだった。マリと子犬は庭にいて無事だったのだ。マリは体じゅうを傷だらけにしながら2人のもとへ寄ってきて、必死に元気づける。やがて、村人たちは安田二曹(高嶋政伸)率いる自衛隊の救助ヘリに助け出される。マリに生きる希望をもらった彩と優造もガレキの中から救出された。しかし人命優先の状況下で、2人を守り続けたマリと子犬を、救助ヘリに乗せることは出来なかった…。山古志村に取り残されたマリと3匹の子犬は、食べ物もなく、様々な危険にあう。必死に我が子を守るマリ。村に遺された母犬マリは、自然の厳しさと戦いながら、たった1匹で3匹の子犬を守り抜いたのだ。一方、避難所では、マリを助けられなかったことに胸を痛め、その無事を願う彩と亮太の姿があった。嵐が来ることを知った夜、兄妹は自らがマリたちを助けに行くことを決意し、山古志村に向かうのだった。しかし、彩は途中で高熱を出して動けなくなる。父が後を追い、やっと連れ戻す。16日後、自衛隊のヘリで山古志村へ行くことができた。父親、兄弟ともに、そのヘリに乗り、マリと子犬たちに無事にあえて、避難所に連れ戻すと言う話。どうして、この話が話題になったのか良く理解できない。でも、地震の映像は素晴らしかった。
[PR]
by kittajp | 2009-10-31 14:50 | その他 | Comments(0)

『椿三十郎』 ランチ・ビュッフェ

良い天気になった。洗濯を終わった頃、昨夜遅くハワイから帰った娘がお土産を持ってきた。定番のハワイアン・ホストのマカデミアン・チョコレートとホノルル・クッキーのクッキーだった。ホノルルクッキーは最近急激に店の数が増えている。夏の観光客がチョコレートのお土産を嫌うためだろう。値段が高いだけで味は、それほどのことはない。でも、人気は抜群だ。昔からあるコナクッキーで十分の様な気がするが、パッケージの差だろうか。娘に私からは法事の話を写真付きで報告する。娘からは明日予定していたナビの引っ越しがダメになったと言う報告を受ける。また、眼のまばたきが、日本に帰国したら出てきたと、不調を訴えられる。忙しそうでハワイの楽しい話は全く聞けない。シャトレーゼ洋菓子店でビュッフェ風レストランを開いたと言うので、甲府へ電車で出かける。電車の中で本を読むのも楽しみだ。ディスカバー携書の「もうアメリカ人になろうとするな」を読む。著者は元通産省の審議官で、今は農工大の教授。それなりに説得力がある。甲府では岡島百貨店で三省堂に行くが買いたい本が無い。先が短いから、ハウツーものを拒否するので選択の幅が狭くなる。今更勉強してみてもしょうがない、と言う気持ちが先に立つ。その後、全国うまいもの展へ行き、信州西山名物縄文おやき、を買ってくる。地下の食品売り場で湯村のお姉さんに会う。それから、洋菓子店シャトレーゼのレストランのランチビュッフェへ行く。11時35分に入るが、12時には満員でお断りだった。メインはラタトゥイユ・マカロニ料理2種、ハム、生サーモン、ソーセージなど。野菜のマリネ、オニオンスライス、などのサラダ、ビーフカレー・スープ、サフランのお握り、各種パンがついて890円、ドリンクが100円で、また行きたいくらい満足した。帰りの電車は疲れて、ほとんど居眠りをしていた。電車から富士山も良く見えていた。ビデオを見る。ビデオを見る。『椿三十郎』2007年、東宝、山本周五郎の小説『日日平安』を原作に製作された映画『椿三十郎』の脚本を再使用。2007年にデビュー20周年を迎えた織田裕二が椿三十郎を演じる。真夜中の森の中。風に揺れる杉の木立の枝の間から朽ちた社殿が見え、格子の向こうに明かりがついている。中では若侍たち人目を避けるように集まり密談をしている。一人の若者が仲間に語りかける。「次席家老の汚職を城代家老の睦田に告げたが意見書を破られ相手にされなかった」。失望の色を浮かべる青年たち。だが「大目付の菊井さんに話してみると『共に立とう』と答えてくれた」と続けると一転して場は喜びに沸く。この脳天気に気勢を上げる若者たちの前に、奥の部屋からアクビをしながら流れ者の浪人が現れる。謀議を聞かれたと緊張する一同に、どこ吹く風のこの男はニヤニヤしながら「岡目八目、菊井のほうこそ危ない」と独りごちる。その予想通り、実は悪家老の仲間であった菊井の手勢に社殿が取り囲まれるも、この浪人の機転により若者たちは虎口を脱する。自分たちの甘さを後悔する一同だが、あくまで信念を曲げず命がけで巨悪にたち向かおうとする。頭の固い若侍たちに一旦は匙を投げた浪人だが「死ぬも生きるも九人一緒だ」の悲壮な声を聞くと、思わず「十人だっ。お前たちのやることは危なくて見ちゃいられねえ」と怒鳴り、城下へ一緒に乗り込む。しかし、一枚上手の悪党たちはすでに藩政を掌握し、世論を味方につけてしまっていた。悪党一派との戦いの末に救出した城代家老の奥方と娘によると、ご本尊の城代は敵の人質になっているという。浪人と若者たちに助けてもらった睦田夫人はお礼を述べた上で、容赦なく人を斬るこの風来坊の心に人間同士が作る社会への希望が無いことをたしなめ、希望を持てば必ずよい結果になると優しく語りかける。眩しそうに目を逸らしていた男だが、改めて夫人から名前を聞かれると困った様子になり「私の名前ですか。…つばき、椿三十郎。いや、もうそろそろ四十郎ですが」と冗談とも本気ともつかない返事で空を見上げている。つられて奥方、娘、若者たちも外を見上げると屋敷の塀越しに真っ赤なツバキが咲いていた。城代の居場所が分からないので探していると、3台の籠がある屋敷に集まっていることを探り当てる。一同はそこで様子を見ると、おとりだったことが分かり難を逃れる。三十郎は情報をとるために、用心棒室井を訪ねて大目付菊井の家に向かう。ところが、三十郎に疑いを持つ若者たちが後を追い、捕らえられてしまう。その者たちを助けるためにまた殺生を犯してしまう三十郎だった。たまたま、隣の家から先に書いた意見書の破れ紙が流れてきた。そこで、城代は隣の家にいることが確信できた。三十郎は一計をん案じて、隣の家に行き、室井に若侍達が功名寺に集まっているとうそを言い、隣の侍たちは大勢でお寺へ出かけた。その留守に三十郎は、椿を沢山流して攻撃の合図をする。城代は無事に救い出され、三十郎は室井と果たし合いとなり、勝つ。でも、城代の屋敷に戻ることはなかった。三船の凄さを改めて感じた。織田より数等上を行っている。
[PR]
by kittajp | 2009-10-30 15:29 | その他 | Comments(0)

ADSLの故障

曇りの天気予報だったが日も出て暖かい日になった。甲斐市のラザウオークに新しいレストランがオープンしたと言うので出かける。しゃぶしゃぶ屋さんと和食屋さんがオープンした。「五穀」と言う和食屋さんに入った。大戸屋さんより倍ぐらい値段が高い店で次は考えてしまう。リバーサイドアピタへよってスターバックスでカフェラテを飲む。帰宅後、パソコンを開いたらネットがつながらない。散々方々をいじって見たが解決しない。ウィンドウズの助言に従ってブロバイダーに問い合わせることにした。ところがヤフーの電話がわからない。104番に電話してヤフーのテクニカルサポートセンターの電話番号を聞いて電話する。その結果ADSLの故障なので少し待って欲しいと言う。ところが何時まで待っても回復しない。4時半に再度、ソフトバンクに電話したら長谷川と言う女性が出てメインテナンスで復旧には今夜いっぱいかかると言う。復旧次第、アンケートの依頼と共に連絡をくれると言う。今日は小淵沢の教え子から電話があり、近いうちにキウイフルーツを送ってくれると言う。また、父親が医大に入院していたので疲れたと言っていた。同窓会の写真が送られて来た。綺麗に撮れていた。お礼の電話を直ぐにする。ハワイへ出かけていた娘から5時過ぎに電話があり、成田へ無事着いたとの連絡があった。7時ごろになってようやくADSLが復旧した模様。とりあえず今日の動向をアップする。ヤフーのミスは長時間にわたって参った。一瞬自分のパソコンが壊れたと思った。本当に肝を冷やした。
[PR]
by kittajp | 2009-10-29 19:08 | その他 | Comments(0)

『自虐の詩』

昨日、雨は明け方には止み、良い天気になった。早速、洗濯を始める。新聞紙などの資源ごみを整理して出す。また、今日から始まる、ミックスごみの収集にも協力して一通りのものを出す。久し振りに力仕事をしたら疲れた。買い物にリーバーサイドアピタへ行く。アピタの中華レストラン双喜亭で回鍋肉定食を食べる。美味しくなかった。同じ美味しくないなら、半値でフードコートで石焼ビビンバを食べたほうが良かった。火曜サービスで野菜が安かった。スターバックスでトールラテを飲む。スターバックスへ着いた時には、お店から富士山が綺麗に見えたが、直ぐに薄雲に隠れてしまった。今朝は、山中湖から富士山が綺麗に見えたが、10時過ぎには東京方面からの雲で覆われ始めた。綺麗な富士山を見ても、イマイチ出かけるまでの体力に自信がない。医大のお薬が切れてしまったので、もらいに行く方法を電話で問い合わせた。11時までに正式に受付を通って来てくれとの話。明日出かけてみよう。良い天気で気温は上がり、2時までは半袖で大丈夫だった。昨日から一転して暖かい日になった。ビデオを見る。『自虐の詩』2007年、松竹。不幸を愛する自虐的な女を皮肉った作品ではなく、幸せとは何かと問いかける。「日本一泣ける4コマ漫画」と言われた4コマ漫画の常識を覆(くつがえ)した業田良家の同名ベストセラー漫画を、実写映画化。子どものころから不運続きの幸江(中谷美紀)は、乱暴者で酒飲み、仕事もせずギャンブルに明け暮れ内縁のダメ亭主イサオ(阿部寛)に健気に尽くしていた。見かねた隣人に別離を勧められ、パート先の店主にしつこく言い寄られようとも、イサオと一緒にいることが何よりも幸せ。そんなある日、刑務所帰りの父親が幸江の前に現れる。働かない、金はせびるだけのダメ男イサオだが、見れば見るほど愛おしくなってくる。少しでも気に入らないものが並ぶとちゃぶ台をひっくり返すイサオだが、幸江は彼を心から愛していた。幸江は幼い頃、母が家出したという過去がある。しかし、幸江が妊娠している事が分かり イサオは働きに出ることを決意する。ところが、以前に世話になった組長から戻って来ないかと誘われ動揺する。幸江は歩道橋から滑り落ちて生死の間を彷徨する。朦朧とした意識の中で、中学時代の貧乏時代を思い出す。そこで同じ貧乏な熊本さんと助け合い、いつまで経っても友達でいることを誓い合う。上京して立ちん坊までに落ち込んだ幸江を心から愛してくれたのはイサオだった。そんなことを思い出しながら、意識が戻った時に、イサオは子供を産もうと言ってくれる。また、子供を連れた熊本とも再会する。という話。漫画からの映画化が多く、世の中に認められた話が映画化されるので、安心して見ていられる。しかし、今更ながら、漫画の偉大さに驚く。
[PR]
by kittajp | 2009-10-27 15:03 | その他 | Comments(0)

教え子の同窓会

昨日、義父の七七回忌の法事は、雨も上がって濡れることもなく墓参も終わった。墓も新しい墓標が立てられ、埋葬は既に行われていた。境内で食事も出て1時には終わる。お土産に40年誌と石坂屋の最中が出された。帰りに、埼玉の義弟が妻の墓参りをしたいと言うので、道案内をした。家で着替えをして石和温泉に向かう。ちょうど、約束の3時に会場の「ホテル石風」に着く。大きなホテルで驚いた。築庭には、白鳥一羽、黒鳥二羽が悠然と泳いでいた。早速、希望者をワインの試飲自由の、隣のモンデ酒造へ案内する。極めて美味しくないワインだが、連れて行った人達は沢山ワインを買い込んでいた。よく考えると、気軽に案内出来たことを考えると、すでに何回か行っているホテルだろう。宴会の練習には参加せずに露店風呂を楽しんでいた。宴会は6時に始まり8時半まで、日帰り組は9時の特急で帰った。その後の2次会も欠席で布団に入ってしまった。カラオケは「高校三年生」をうたった。後は「学園時代」を歌えと言われたが、うろ覚えなのでお断りした。私以外の恩師はお土産を全員に持て来るが、私は持っていかない。ひとりの恩師はデンマークのチョコレートクッキーを持ってきた。広尾に住んでいるもう一人の恩師は体調が悪いと言うことで今回は欠席したが、いつも麻布十番の和菓子を持ってきていた。中国の勤めから帰って来たという教え子は、全員にアクセサリーを持ってきた。今朝は、7時に温泉に入り、8時に朝食、9時に会費の還付金を配り、来年は11月14日の開催を決定して解散した。本来の計画はフルーツパークへ行く予定だったが、雨が酷いために9時過ぎにホテルで解散した。まっすぐ帰宅したが、寒く、疲れた。今回の教え子は68歳だと言うが、現役が多い。猛烈なヨン様のファンがいるのにも驚いた。こういう年齢層も熱烈なファンだと驚いた。疲れた。午後からは酒井法子被告初公判の3時間半の拡大スペシャルワイドショーを見ていたが、直ぐにうたた寝をしていた。やはり無駄な神経を使っているようだ。健康に自信をなくしている最近の状況から、来年も出られたらいいな、と強く感じた。
[PR]
by kittajp | 2009-10-26 15:51 | その他 | Comments(0)

義父の七七忌と教え子の同窓会

昨夜から雨が降り続いていた。朝になって雨は止んでいるがどうなる事か。空は暑い雲に覆われている。昨夜はは10時に寝て今朝は3時に起きる。今日は、義父の七七忌の法事が南アルプス市加々美の法善寺で開かれるので、10時半には家を出る予定。この50日間にはいろいろなことがあった。9月6日には世田谷の従弟が亡くなる。翌7日には義父が亡くなり、その通夜の8日には低血糖症になり、20日には眩暈で救急車の世話になり、21日には救急車で入院。25日に良性発作性頭位性眩暈症と言う病名で退院する。今月21日になって、やっと眩暈が無くなり完治の様子と、これまでにないくらい変化に富んだ50日間だった。今日の法事は簡単で、お供物の受け付けは無しで、お寺で精進料理の提供を受けて法事は終わると考えている。その後は直ぐに帰宅して、着替えをして、石和で開かれる教え子の同窓会の出席する。毎年石和温泉で開かれるが、今年は「ホテル石風」だ。隣のモンデ酒造でワインの試飲が飲み放題なので、そこに決めたという。法事のため、3時の開会には間に合わないが、6時の宴会には間に合うと思うと、幹事に連絡したある。宴会後のカラオケ大会が長引くので、早めに十八番を披露して部屋に引き上げたい。病後ながら、先々週の信州、先週の関ブロ事務局長OB会での石和温泉、今週の石和温泉と良く続けられたと自分ながら感心している。病み上がりなので、気を付けて行動しよう。翌日の行事は体調を見ながらの参加にしよう。ハワイへ出かけた娘夫婦はホテルへのチェックインができる時間になった。お疲れ様。
[PR]
by kittajp | 2009-10-25 09:30 | その他 | Comments(0)

『河童のクゥと夏休み』 娘夫婦ハワイ旅行

昨夜は10時に寝て今朝は3時に起きる。天気が悪い。雨にはならないが寒い一日。ストーブとホットカーペットのお世話になっている。10時に娘夫婦がハワイに出かける。友達の結婚式に出席すると言う。今の若者はうらやましい。毎年ハワイへ行っている。お金も良くあるものだと思う。その上、会社で長い休みを良くくれるものだと思う。今夜、7時に成田を離陸し、明日の朝、現地時間の7時(日本時間の2時)にホノルル空港に着くと言うので、早すぎて都合が悪い。安い航空券を買ったのだから仕方がない。チェックインが13時なので、直ぐにアラモアナショッピングセンターへ行って時間を潰すと言っていた。ホテルはシェラトンと一流どころを取っている。私はロックタウン山梨中央に行く。ユニクロでヒートテックのバーゲンをしていたが、お客は余り入っていない。マックスバリュに人が多かった。そこからリバーサイドアピタへ行く。スターバックスでカフェラテを飲む。オギノでは餅つき大会をしていた。年末の支度かと思ったら収穫祭だとのタイトルだった。そうか、新嘗祭が近づいている。ビデオを見る。『河童のクゥと夏休み』2007年、松竹。現代社会に蘇った河童の子供「クゥ」と、少年・康一との友情、そしてそれを取り巻く人間模様を描く。環境問題、いじめ、マスコミの報道過熱など日本の社会問題を風刺している。第11回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞のほか、第81回キネマ旬報ベストテン(ジブリ作品以外のアニメーション映画としては史上初)にも選出されるなど、アニメーション映画の枠を超え、2007年を代表する日本映画として映画ファン・評論家から高い評価を受けた。東久留米に住む普通の小学生、上原康一は夏休み前のある雨の日の下校途中、同級生とふざけ合っていた。そのはずみで川辺に靴を落とし、拾いに行った。しかし川の辺に埋もれていた大きな石に何度もつまづき、掘り出して壁に投げつけた。すると石は割れて、中からカメの化石のような奇妙なものが出て来た。それを水で洗って漬けていると色づき、やがて動き出した。それは、何と河童の子供であった。 河童は、その第一声から「クゥ」と名付けられた。クゥは父親を武士に切り倒された直後、大地震のために地割れに挟まれ、三百年もの間石に閉じ込められていたのだった。そして上原一家は、クゥを密かに居候させることにした。元気になったクゥは、かつて住んでいた「竜神沼」に帰ると言い出すが、康一達は「外は危ない」と説得する。クゥはもう少し厄介になることを決めた。康一はクゥに今の世界を見せるため、クゥをリュックサックに押し込み街を案内する。クゥはリュックのファスナーの隙間から目だけを出し、自分たちの住んでいた場所がすっかり様変わりしていた事に驚き、更に住んでいた沼がマンションになっている事に愕然とする。しばらくは落ち込んでいたクゥだったが、上原一家の温かさに触れいつしか家族の一員の様になっていた。ある日、クゥは雑誌の「河童に出会う旅」という記事を見て、この地へ行く事をせがんだ。康一は夏休みを利用して河童の仲間を探しに行くため、クゥを再びリュックサックに隠し入れて遠野へと旅に出た。康一は、ひと気の無い川で生き生きと泳ぎ回るクゥに驚かされる。だが、クゥが民宿で出会った座敷童子から「河童は百年見ていない」と告げられ、クゥは遠野での河童探しを諦める。康一達が帰宅するまでに、上原家に河童がいるという噂が徐々に広まり、やがてマスコミをも巻き込む大騒ぎに発展した。帰宅した康一達は写真週刊誌の記者とカメラマンに尾行され、遂にクゥを写真に撮られてしまった。フラッシュの光に驚いたクゥは、手も触れずに一瞬でカメラのレンズを壊してしまう。それは河童の神通力のようであった。そして、クゥの存在がついに知れ渡ってしまった。 その後、上原家の自宅前は報道陣や野次馬だらけになってしまい、一家は総出でクゥを匿う。しかし康一の父である保雄の会社の得意先で、クゥをCM出演させる話まで持ち上がり、いよいよ追い込まれる。クゥは、上原家に迷惑をかけていると思い、恩返しのつもりでテレビ出演を決意する。ワイドショーへ出演する事となったクゥと上原一家は、飼い犬のオッサンも連れてテレビ局へ向かう。そこへ待ち受けていたのは、ゲストの河童の研究家であった。彼はクゥの父親の河童を切り倒した武士に酷似したその子孫であり、しかもクゥの父親の腕のミイラを所持していたのであった。それを見て激高したクゥは、スタジオのカメラや照明を神通力で破壊しながら、父の腕を持ったままオッサンの背に乗り、テレビ局から逃げ出した。野次馬達に追われながら、そしていつしか東京タワーへと辿り着く。しかし、クゥを乗せたオッサンは野次馬の運転する自動車にはねられて息絶えてしまう。クゥは一命を取り留めたが、その悲しみと怒りと絶望に暮れ、タワーの中腹まで自力で登って行った。頭の皿も乾き、疲れ果てたクゥは、仲間のいない人間だらけの現代社会に失望していた。クゥは父親の腕にすがり付き「父ちゃん!」と叫び続けた。するとクゥの眼前に、突然暗雲が立ち込め出した。そして、その中から竜が踊りだしてきた。クゥはそれを見て飛び降り自殺を諦め上原家に戻る。ところが、そこへ沖縄の河童の親族から手紙が来て、沖縄に行く。そこでは、人間の世界から離れてゆっくり静養するようにと言われる。という話。人間が人間を眺めるのではなく、人間の世界を河童の目で見る視点の変化が面白い。ただ、終りの部分はダラダラとして退屈した。
[PR]
by kittajp | 2009-10-24 15:27 | その他 | Comments(0)

『陰日向に咲く』

昨夜は10時に寝て今朝は4時に起きる。天気が良いので洗濯をする。生ごみを出す。本を読む。本を読むと直ぐに肩が張ってくる。体力はイマイチだ。昼食後、中央市の山梨ロックタウンへ行く。ユニクロで、明後日に法事にしていくベルトを買いにユニクロに入る。戸田書店で本を立ち読みする。経済原論で面白い本があった。でも、直ぐに疲れる。そのあとリバーサイドアピタへ行く。豆腐と味噌を買う。隣りのオギノへ行き、スターバックスへ入る。ここまで歩いただけでも疲労困憊の感じ。カフェラテを飲んで夢屋書店に寄る。青春新書のツイッターの本を買う。老人が青春新書を買うのは不自然だと思ったが、老人新書?が出ていないのでやむをえない。今読んでいる「東京ひとり散歩」を読み終わったら、こちらに移る予定。暖かい日になった。でも、ショッピングセンターはクリスマスの飾りつけで、先に進んでいる。年賀状も大規模に売り出したいる。私は、娘に120枚を注文した。ミニトマトを20個収穫する。何時まで生るのかな。ビデオを見る。『陰日向に咲く』(かげひなたにさく)2008年,日本。6人の陽に当たらない落ちこぼれた人達が、社会復帰するまでの道のりを描いたオムニバス(連作)小説となっている劇団ひとりの小説。オムニバス形式である原作と異なり、岡田演じるシンヤが主人公の「Over run」を中心に各エピソードが並行してストーリーが展開される。しかし、映画では表現が難しく良く理解できない。実験的な試み。
「道草」
社会の束縛に苦しんでいたサラリーマンが、ある日、大ボラ吹きで有名なホームレスの男性モーゼに出会う。そのモーゼのような自由人に憧れ、自ら好き好んでホームレスになる。ある日、若くして億を稼ぐという野球選手、K・Yが父親を捜してホームレスが集う公園にやって来る。モーゼは自分が父親だと言い、証拠の写真を見せ、息子についていくことになり、ホームレスを引退する。そして、主人公はホームレス生活の終焉にモーゼの住んでいた小屋を覗くと、そこにはブタ箱から帰ってきたという本当の野球選手の父親がいた。モーゼは、やはり大ボラ吹きだったのだ。
「拝啓、僕のアイドル様」
主人公は、デビュー5年目のマイナーなアイドル・武田みやこ(通称:ミャーコ)の熱狂的なファンの青年。彼女を想う気持ちは誰にも負けないようで、話の冒頭ではミャーコの母親にさえ勝るという。ある日、ミャーコはゴールデン番組に出演することが決まった。健康を題材にした番組で、ミャーコはアイドルらしからぬ、ドロドロ血液のドロ子というキャラクターでの出演だった。あまりにひどい格好で主人公の青年はテレビを消してしまう。それでも何かミャーコのためになることはないかと、番組のホームページの掲示板に「ドロ子最高!」などの書き込みを数百件書き込んだ。するとその掲示板の効果なのか、またドロ子としての出演が決まった。この出演がきっかけでミャーコは誰もが知る人気のアイドルとなる。
「ピンボケな私」
特に人に自慢できることがない平凡な20歳の女性は、ある日の飲み会で友達が淡々と夢を語る中、何も夢を持っていない主人公はとっさの嘘で「カメラマンになりたい」と言ってしまう。主人公の高校からの親友であるミキは一瞬驚くが、特に気にしなかった。そしてある日の合コンで出会った完璧な男・タクミと恋に落ちる。劇的な恋に主人公は戸惑いなくハマっていくが、ある時遊ばれていると気付いてしまう。
「 Over run」
主人公は、35歳独身、パチスロ・競馬とギャンブル好きな多重債務者の男性。借金は400万を優に超え、とうとう「オレオレ詐欺」に手を出してしまう。そして電話に出た老婆の息子・健一に成り済まし、有りもしない話をして交流を深めてしまう。だが、借金返済日が近づくある日、老婆に50万円を用意するように頼む。後日、老婆の家に取りに行くと信じられない事実を知ってしまう。彼女は風邪が元で救急車に運べれてなくなって帰宅していた。老婆の初恋の人は、(鳴き砂を歩く犬)に出てくる雷太だった。また、雷太とは(道草)に出てくるモーゼだった。そして(道草)に出てくるサラリーマンは主人公の父親だった。また、老婆は(鳴き砂を歩く犬)の鳴子だった。さらに主人公を助ける女性弁護士は鳴子の子供だった。主人公とサラリーマンは昔の家に戻り、懐かしい桃の木の下で写真を撮る。
「鳴き砂を歩く犬」
ロクでもない家庭に育った不幸な少女・鳴子は、中学の修学旅行で浅草に行き、そこで売れない芸人・プードル雷太に出会う。彼に運命を感じた鳴子は3年後、鳥取県から上京し 雷太を捜す。劇場を何件も回り、ある日入ったストリップ劇場で雷太を見つける。だが、あれから3年も経ったというのに何も成長してない雷太を見た鳴子は、彼を売れっ子芸人にする為にコンビを組む。
他に関連付けできない話は、台風の日に黄色いコウモリ傘が登場人物の場所を舞い歩き、実は身近な場所にいたことを案じさせる。現実は落ちこぼれは浮かび上がることはないが、可なり強引に浮かび上がらせているところが映画らしい。現実には、今のロストジェネレーションが置かれている立場は、そんなに甘くない。ミゼラブルな状態で終わるのが現実だと思う。
[PR]
by kittajp | 2009-10-23 15:15 | その他 | Comments(0)

『 歓喜の歌』 町立病院受診

昨夜は10時に寝て今朝は4時に起きる。8時10分に町立病院へ行く。3か月前に予約をしてあるもの。8時半に血液採取をして、診察を待つ。「患者の皆様へ インフルエンザ感染防止のため、マスクの着用をお願いします。院長」と言う張り紙が大きく掲げられているが、マスクをしている患者は1割ぐらい。季節性インフルエンザ予防注射の申し込みは、いつも今頃していたが、今年はワクチンの在庫切れで、11月にならないと再入荷しないと言う。したがって、11月に入ったら申し込みをしたい。今年は、希望者が多いのか、ちょっと調子が狂ってしまう。9時20分ごろに診察室への呼び出しがあった。5日ごろに吐き気が無くなったので、眩暈の薬の服用をやめましたと報告したら、続けて飲んでいても良いのに、と言う指導。昨日から、眩暈が無くなり、正常に戻ったと報告したら、医師は、そんなに長くかかったの?と驚いていた。その他。血圧は少し低いので気をつけること、ヘモグロビンA1cは6.3で糖尿病は問題ないと言う指導だった。次の予約は12月24日に決まる。薬は、眩暈のためにメリスロン錠6mg、吐き気止めのためにプリンペラン錠5 5mgが新たに14日分出された。発作時に飲むもの。朝のうちは晴れていたので洗濯をするが、11時ごろには曇って来て、怪しい雰囲気。朝食は六郷でもらった稲荷ずしを食べる。中に入っていた桜エビが香ばしく美味しかった。昼食は、娘が用意したハッシュドビーフで食べる。やはり久し振りのビーフは美味しい。午後は、ロックタウン山梨中央とリバーサイドアピタへ行く。戸田書店で立ち読みをするが直ぐに疲れる。スターバックスでカフェラテを飲む。やはり、プロの仕立ては味が良い。帰宅後、ビデオも見る。『 歓喜の歌』2007年、日本。 原作は「今もっともチケットが取れない落語家」として知られる立川志の輔の、同名新作落語。誰もが忙しく立ち働く12月30日。小さな町を揺るがすその“大事件”は、1本の電話から始まった。「はい、みたま文化会館です。ええ、コンサートご予約の確認ですね。『みたま町コーラスガールズ』さん、明日の夜7時から……大丈夫ですよ、お待ちしてます。調子よく応えているのは、文化会館の飯塚主任。しかしその直後には、まったく大丈夫じゃなかったことが発覚する!「みたま町コーラスガールズ」と「みたまレディースコーラス」。よく似たグループ名を取り違えたこのダメ主任、コトもあろうに、大晦日の会場をダブルブッキングするという大失態をやらかしてしまったのだ。セレブな本格派のレディースが「うちの合唱団にとって明日は創立20周年の記念コンサート。今さら変更なんてありえません」と言えば、結成間もない庶民派のガールズも「うちだって明日を楽しみに、家事やパートの都合を何とか合わせながらがんばってきたんです」と、一歩も譲らない。安定の上にあぐらをかき、仕事も家庭もその場しのぎでこなしてきた主任は、合唱にかける彼女らの情熱を前に右往左往するばかり。さらには夫婦間の危機から、飲み屋のお勘定まで、日頃のツケが一気に回ってきて…。追い込まれた主任は会場に倍の客席を作り、両コーラスが合同で実施することになった。同時にその過程で借金の問題も片付き、離婚問題も主任のやる気が奥さんに認められて解決し。コンサートは両方の合唱団が一緒に歓喜の歌を歌って大成功に終わる。忘れかけていた真心を歌への想いにのせて贈る、ハートウォーミングな音楽喜劇-『歓喜の歌』の誕生だ。
[PR]
by kittajp | 2009-10-22 15:46 | 糖尿病 | Comments(0)

『うた魂(たま)♪』 完治模様 貧困率

昨夜は10時に寝て今朝は時に起きる。眩暈は全くしない。頭の重い気分も全く感じない。どうも完治した感じだ。9月20日に発病以来、31日目になって以前の状態に戻った感じだ。ほぼ完治模様。ただ、習慣性があるので、何時、前と同じ状態になるかも知れないことが問題として残る。それから、これまで無理をしないようにしてきたので、体力の回復が課題だ。急激に身体を動かす気力もないので、ユックリ身体をならせよう。ユニクロのヒートテックをオンラインで注文した。ユニクロ通販へ直接申し込んだ。最近は、色合いやデザインが豊富で、甲府のお店では目的の品の在庫がない。探すのも面倒なので、オンラインで申し込んだ。妹のところでも、お店では希望の品を探すのが面倒なのでオンラインで購入しているという。嫌でも、そういう時代に入ってきているのだと理解した。昼食は娘が用意して行ったラタトゥイユで摂る。良い天気だ。でも富士山は見えない。午後からリーバーサイドアピタへ買い物に行く。隣のオギノが休みで自動的にスターバックスも休みでがっかりした。長妻昭厚生労働相は20日、国民の貧困層の割合を示す指標である「相対的貧困率」が、06年時点で15.7%だったと発表した。日本政府として貧困率を算出したのは初めて。経済協力開発機構(OECD)が報告した03年のデータでは、日本は加盟30カ国中4番目に悪い27位の14.9%で状況は悪化している。日本の貧困が先進諸国で際立っていることが浮き彫りとなった。 03年OECDデータで貧困率が最も高いのは、メキシコの18.4%で、トルコ17.5%、米国17.1%と続く。最も低いのはデンマークとスウェーデンの5.3%。なお、 ▽相対的貧困率▽ 国民一人一人の所得(等価可処分所得)を順に並べて真ん中の額(中央値)を割り出し、その額の半額に満たない人の割合がどのくらいかを示す。国民の経済格差を示す指標となる。等価可処分所得は、直接税などを除いた世帯の可処分所得を世帯の人数の平方根で割って算出する。06年の所得を基にした中央値は228万円。その半分の114万円が境界線になる。小泉政権の市場競争原理が予想以上に効いていることを示している。不健康だがビデオを見て過ごす。 『うた魂(たま)♪』2008年、日本。函館・七浜高校合唱部のソプラノリーダー、萩野かすみ(夏帆)は自分の歌声とルックスに過剰なまでの自信を持つ女の子。ある日、写真好きのイケメン生徒会長・牧村純一(石黒英雄)に自分の歌っている姿を撮りたいと言われ、有頂天になっていた。しかし、出来上がった写真を見ると、そこには無様な表情で歌う自分の姿が写っており、かすみはすっかり自信を喪失。そこに現れたのが、番長・権藤洋(ゴリ)率いる湯の川学院高校のヤンキー合唱団。合唱祭で熱く歌う彼らの姿に感激したかすみは、やがて忘れかけていた歌への思いに気づき一度止めた合唱団に戻る。自己陶酔と自意識過剰の自分を変え、譜めくりから始めて合唱団に戻る。お陰で今年も全国コンクールの道代表に選ばれる。ズッコケが多く、面白い合唱団の物語になった。ちょっと自信過剰なヒロインが歌と自分を見つめ直していく青春ストーリー。シンクロ、ジャズ、フラダンスなど、映画から様々なブームが生まれたけど、次に来るのは合唱かもと考えさせられるが、はたしてどうか。クラシックからポップスまで、名曲がたくさん登場。
[PR]
by kittajp | 2009-10-21 15:38 | その他 | Comments(0)