<   2009年 12月 ( 14 )   > この月の画像一覧

『さくらん』

気温はマイナス2度と低くないが風が強くて寒い。前の家にお年玉を届けに行ったが、まう4人とも留守だ。新年の飾り付けもしていない。前のカパン屋さんも飾り付けをしていない。そういう時代なのか。それとも、新年を迎える感激もないのかも知れない。シャトレーゼへ向かったが、途中のお店の半分は飾りを出していなかった。シャトレーゼをお客は私のほかに一組しかいなかった。甲府駅も余り混雑した感じはしなかった。ただゴロゴロ引っぱるスーツケースは帰省の必需品になったようで多く見られた。帰宅後は、リバーサイドアピタとオギノへ行く。やはり、中心部の百貨店に比べて客が多く、若者が多い。駐車場が完備している郊外店の時代だ。昨年は暮れの25日に風邪を引いて風邪が治らないままで年越しをしてしまった。医者には春にならないと治らないよ、と言われたほど、しつっこい風邪だった。今年は元気に年越しが出来そうで一安心。紅白を見る準備もシッカリ出来た。良い年越しが出来そう。今日もビデオを見る。『さくらん』2007年、男の極楽女の地獄、ここは遊郭江戸吉原、安野モヨコさんの漫画『さくらん』の映画化。この作品のタイトルである「さくらん」とは、花魁、桜、錯乱などの言葉を掛け合わせた造語のようです。 8歳で吉原遊郭の玉菊屋に連れて来られた少女・きよ葉は何度も脱走を図るがあえなく失敗。気位が高く、絶世の美しさと知性を兼ね備えた完璧な高級花魁(おいらん)・粧ひ(菅野美穂)は、そんなきよ葉に花魁(おいらん)としての生き方を教える。やがて17歳になったきよ葉(土屋アンナ)は、玉菊屋にやって来た青年・惣次郎(成宮寛貴)と恋に落ちるが、きよ葉が小物問屋の惣次郎の店を訪ねて行くと冷たくあしらわれる。玉菊屋では一番の売れっ子になり花魁道中をする。その際に見染められた武士の蔵次郎の妻として身請けされることになる。その身請けの日にきよ葉は、番頭の清次と逃げてしまうと言う話。 と言う良くある話。衣装が綺麗だ。世間離れしている美しさだ。
[PR]
by kittajp | 2009-12-31 15:41 | その他 | Comments(0)

『舞妓Haaaan!!!』

今朝も最低気温はマイナス2度。天気予報が当たらず、一日中、日が出ないで寒い日になった。布団干しも諦めた。やはり、これまで続いたパソコンの無い生活から抜け出せない。3日前まで続いていた生活、甲府へ電車で出て、昼食をとって帰り、その後リバーサイドへ買い物に出てスターバックスでトールラテを飲む生活を変えることが出来ない。富士山の写真を撮りに歩くより、お買い物に甲府へ出て散歩する方が楽だからだ。また、体力もかなり落ちている感じだ。岡島百貨店では、三省堂でITパスポート試験の過去問題集を立ち読みした。食事をすると疲れて立ち読みの能力が無くなるので、その前に読んだ。娘から提示された問題は、今年の春に出た問題だった。ほぼ、私の回答方法で間違いないことを確認してほっとした。食事は腹いっぱい食べずに、少し控え、食後も激しい動きをしなかったら多少肩コリは少なくなった。帰宅後は、リバーサイドアピタとオギノへ行く。スターバックスでトールラテを飲む。甲府の百貨店も、郊外のショッピングセンターも、例年に比べ極端に人出が少ない。特に、例年では帰省しているはずの若者の姿が少ない。だが、家の近くのスーパーマーケット・サンフーズは駐車場に入れないほど混雑していた。ビデオを見る。『舞妓Haaaan!!!』(まいこ・はーん)2007年、東宝。食品会社 鈴屋食品の社員。修学旅行で迷子になった際に舞妓さんに助けられたことがきっかけで、舞妓と遊ぶことを夢見るようになる。実際にお座敷に上がったことはないが、舞妓を応援するサイトを運営しており、舞妓に対する情熱を持ち続けている。そんな中、人事異動により、ラーメンのかやくしか作らない「かやく工場」と呼ばれる京都支社に転勤となり、念願の舞妓遊びができると意気込む。 一見さんお断りと言う神秘のベールに包まれた、舞妓の世界をえがく、ドタバタコメディー。筋の展開は分かりやすいが、何が起こるか予測不可能、のハチャメチャさに感服した。植木等最後の出演。
[PR]
by kittajp | 2009-12-30 17:11 | その他 | Comments(0)

肩こりの原因

b0070657_1624176.jpg
今朝も最低気温はマイナス1.7度。慣れた所為か余り寒さは感じなくなった。パソコンの無い生活を続けていたので、パソコンのある生活に戻るのが大変だ。メールとデイズでパスワードが通らないと言う混乱が続いていたが、再設定で今朝になって解決した。急に今までの生活を変えるわけにもいかないので、今日も電車で甲府へ出かける。山梨中央銀行で新札に変えて、岡島百貨店で年賀用の品を少し買う。今日は、何時も空いている百貨店も混雑し始めている。シャトレーゼでランチビュッフェを摂る。その後、三省堂でITパスポート試験の本を見ていたが、直ぐに肩が張り具合が悪くなる。これで、今まで具合が悪くなる原因が分からなかったが、どうも食後が良くないと言うことが分かった。何時も岡島百貨店から甲府駅へ向かう途中で、肩が張り歩けなくなるのは何が原因かと考えていたが、どうも食事が関係しているらしいことが分かった。帰宅後は、部屋全体に日が入り、暖かく良い気分だったので、30分ほど麦わら帽子をかぶって昼寝をした。余りにも天気が良いので、その後リバーサイドアピタとオギノへ出かける。帰省客が増えて、年末らしい賑やかさを見せていた。スターバックスも帰省者で満員だった。中心都市の百貨店より、郊外店の方がずっと活気があり若々しい。パソコンのないのんびりした生活が続いたので、元の様な活気のあるパソコン生活には戻れそうもない感じだ。昨年12月24日に河口湖で撮った富士山をアップする。
[PR]
by kittajp | 2009-12-29 16:24 | 富士山 | Comments(0)

パソコン復旧

12月28日(月)6時頃から雨が降ってきた。昨夜、六郷からブリと大根の煮物を貰った。今朝はそれで朝食を摂る。寒鰤の油たっぷりの味を十分に楽しんだ。雨が止みそうになって来たので甲府へ出かける。娘にITパスポート試験の問題を聞かれ電車の中で頑張る。帰宅後はリバーサイドアピタへ行く。そこから帰宅した時にヤマダ電機から電話があり、バソコンの修理が終わったとの連絡。早速取りに行く。良く動くので一安心と思ったが、メール等のパスワードが通らず、混乱が続く。液晶ディスプレイの故障が原因とのこと。その他、USB基盤の故障、スイッチカバーの破損を修理されていた。

12月27日(日)-1度と今朝は暖かい。隣の八百屋さんは朝から売り出しで混みあっていた。甲府へ電車で出かける。春日通りは半分でシャッターが下りていた。銀座通りも半分はシャッターが下りていた。岡島百貨店で三省堂に行き、その後、シャトレーゼでランチビッフェを摂る。山交デバートでCDケースを買って帰宅。山交デバートの前で湯村のお姉さんに会う。帰宅したら娘が我が家の窓ガラス拭きをしていた。私も手伝いをはじめたが、直ぐに肩が張り腰が痛くなり諦める。夜の9時過ぎに鈴木菓子屋のおじさんが救急車で運ばれて行った。

12月26日(土)朝起きた時は雨が降っていた。朝食は大阪土産の粽を食べた。絹笠のとん蝶と言う商品名だった。大阪らしいアイデアだった。甲府へ出かける。その頃から日が出てきた。岡島百貨店ではおせち料理の呼びかけが大きく聞こえてきた。昼食はシャトレーゼのランチビッフェを摂る。帰りの電車では帰省客が見えはじめた。帰宅してからラベンダーセージを刈り取った。ミニトマトの残骸を整理する。娘は落ちているミニトマトを拾っていた。その後、隣組の酒屋さんが引越しの挨拶に来た。餞別を持って、その後、挨拶に行く。

12月25日(金)濡れマスクと昨日、外出を控えていたせいか風邪は良くなっていた。今朝は気温も高く最低で2.1度と12月上旬並だった。甲府へ向かう。三省堂で原宿の雑誌を立ち読みする。ラフォーレ原宿の前に立っている若者が輸出商品になるとは、どうしても思えない。いま読んでいる「世界カワイイ革」の表現がオーバーかも知れない。シャトレーゼで昼食を摂る。帰宅後、裏庭のペパーミントを抜く。繁殖力が強く毎年除草に苦労している。その上に花の時期を過ぎたラベ
ンダーセージを切って捨てようと思っている。

12月24日(木)風邪気味の朝で起床は5時過ぎだった。昨日、小淵沢からの帰りの車で少し鼻水が出たが風邪とは気付かなかった。夕食後になってはじめて風邪気味だと感じた。それでも、床に着いたのは10時だった。今朝は鼻水は止まっているが調子はイマイチ。8時5分に町立病院内科へ向かう。30分に血液検査。体重65.6キロ、ヘモグロビンA1cは6.3でチョコレートを少し控えて下さいとのこと。次の予約は2月25日。10時には終わった。その後、マックスバリューとツルハドラッグに出かける。昼食後に日向で昼寝をしたら風邪が重くなった。


12月23日(水)テレビは皇室関係の番組が多いと感じていたら、今日は天皇誕生日だった。新聞は特養待機者42万人、重度の来宅者7万人と伝えていた。朝は-4度と寒い。娘が小淵沢の鰻屋さんへ案内と言う。この前湯村のお姉さんにご馳走になった鰻屋さんだという。鰻は好きではないが連れて行って貰うことにした。井筒屋と言う店で13年前創業した鰻屋さんだという。想像を絶して美味しい鰻だった。その後、八ヶ岳アウトレットに寄って来た。寒いけど人は入っていた。山岳関係のお店が多くなったような気がした。

12月22日(火)マイナス5度迄下がった。下着の洗濯をする。どこまでも晴れ渡っていて良く乾きそう。歯の調子が悪いので予約の電話を入れたら老先生は今年一杯休みだと言う。来年迄待って見よう。電車で甲府へ出かける。岡島百貨店でヨクモックを買った。昔の味と変わらなかった。シャトレーゼで昼食を摂る。今日はラタトゥイユもニョッキも出ていた。フルーツサラダも出ていた。帰りに山交デバートで一休みした。肩が張って一休みしないと無理な感じ。冬至だった。夕食は砂場で鴨蕎麦を食べる。夕方6時に灯油屋が来る。

12月21日(月)今朝は寒い。頭が寒い。腰が痒い。乾燥が酷く肌が荒れて来た為だろう。電車で甲府へ行く。車内は驚くほど空いていた。シャトレーゼのランチビッフェを摂る。メインのラタトゥイユ、ニョッキが出されていないで奇異な感じがした。確かにラタトゥイユとニョッキは売れ行きが悪かった。品質が悪いことはなく、県民性だろうか。風が一日中強かった。夕方4時過ぎに車屋さんが来た。印鑑証明と内金を取りに来たもの。電気屋さんが留守中にお歳暮を持ってきてくれた。でも、電話のやり取りに不自然さを感じた。そのうち、様子を見に行こう


12月20日(日)今朝もマイナス4度と厳しい寒さ。なのに9時から公民館の大掃除。5分前に着くが、ほとんどメンバーが集まっている。時間になると窓ガラスを外してガラス磨きを始める。途中で中央公民館の大掃除に2名が手伝いに行く。女性が10人、男性が20人参加で10時に終わった。その後、甲府へ電車で出かける。岡島百貨店へ行くのに、商工会のバスに乗った。余計な場所をまわるので時間がかかって実用にならない。夕食は娘の家で摂る。六郷からもらった野菜ご飯とお味噌汁で夕食にした。どちらも、この上なく美味しかった。

12月19日(土)マイナス4度の寒さ。日が出て来たので洗濯を始める。以前書いておいた年賀状のチェックを始める。手書きなので間違いが多く能率が上がらない。途中で放り出して電車で甲府へ出かける。富士山は綺麗に見えるが吹雪いている。遭難の救助作業は苦労するだろう。岡島百貨店でマフラーを買い、シャトレーゼのランチビッフェを摂る。客が少なかった。帰宅後、再度、年賀状のチェック作業を始め、ヤット終了。今日は家にかえってから肩が張って大変だった。

12月18日(金)昨夜遅くヤマダ電機から電話があった。修理代金が52000円になるが作業を進めてよいかと言う主旨。そこで5年間の保険に入っているので、それで対応して欲しいと答えた。今朝は氷点下3度で顔が凍り付くほど寒い。10時頃になると暖かくなって来たので甲府へ出かける。岡島百貨店でマフラーを見る。その後、シャトレーゼのランチビッフェを摂る。帰りに山交デバートでまた、肩が張って来る。帰宅後、リバーサイドオギノへ行ってスターバックスでトールラテを飲む。夕方、車屋の指示で再度印鑑証明を取りに役場へ行く。

12月17日(木)朝はマイナス2度と寒かった。新聞紙を整理してリサイクルセンターへ運ぶ。その足で町役場へ行き、車購入に必要な印鑑証明をとって来る。その後、電車で甲府に向かう。家に居るのはよくないと思い出かけることにした。10時には気温も上がり、外出も辛くなかった。寒いせいか電車の乗客が少なかった。甲府では岡島百貨店の三省堂に入りバソコン関係とグルメ関係の本を見る。昼食はシャトレーゼのランチビッフェを摂る。料理が全般に冷たく美味しくなかった。寒さのせいだろう。常連客がいなくなっていた。帰りに肩が張って不気味だ。

12月16日(水)8時に医大に向かう。20分に医大に着く。採血は混みあっていて終わったのは45分だった。そこで昔の部下と会って少し世間話をする。スターバックスへは9時に行きトールラテを飲む。10時に診察室の前で待つ。診察は20分に始まる。PSAは0,070アップの1,930となった。次にアップすると薬を替えると医師に言われた。ユニクロ、戸田書店等に寄って帰宅。車屋さんが来てFitの注文をとって帰る。納車は1ヶ月後だと言う。

12月15日(火)冬タイヤに交換するため南アルプス市のタイヤ館へ行く。何時も1時間ほどかかるのに今日は20分ぐらいで終わった。その後、ブラージュに寄って散髪をする。続いてスターバックスでトールラテを飲む。リバーサイドオギノで買い物をして帰宅。娘が用意しておいた大根と鶏肉の煮物で昼食にする。昼寝の後で年賀状を書き始める。途中で隣組に町役場から来た書類を配布する。今朝、午後から来ると約束していた車屋さんから、変更の連絡が来る。どうも最近車屋さんの態度がおかしい。気をつけて対応しょう。

12月14日(月)植木屋さんは午前中で終わった。昼食は娘と若鮨で摂る。今日は、お休みを取ったとのこと。よく休みをくれる会社だと感心する。若鮨へは午後1時に行くが、かなり待たされる。人気のある店だ。客は老人が多い。老人でないと来られない時間だ。老人に焦点を当てた商売だ。今日は年賀状を手書きで書き始める。バソコンを修理に出しているので手書きで頑張るしかない。そこで早めに手を付け始める。漢字を忘れたことを思い知らされる。元気と書くべきところを現気と書いてしまう。酷いものだ。よい漢字の勉強になる。

12月13日(日)昨夜からACアダプタで充電していた古いPCが動かない。半年ほど前に人に貸してから初めて電源を入れたがハードディスクが動かない。貸す時に覚悟した事態だが、がっかりした。7年経っているので寿命かも知れない、と諦める。植木屋さんが大きな松の木が枯れはじめていると言う。100年経っているものだったが、これも諦めることにした。シャトレーゼへ行きランチビッフェを摂る。帰りに山交デバートで、また、冷や汗が出て閉口する。

12月12日(土)植木屋さんが来たが車を入れる場所が無い。そこで、私の車を裏の駐車場に回す。10時頃から日が出て来て11月上旬の暖かい気温になった。甲府へ出かける。三省堂に寄って本を買う。その後、シャトレーゼでランチビュッフェを摂る。平日に比べて、少し客の入りが悪かった。県庁前で湯村のお姉さんと会う。ところが、私の体調が悪く挨拶も満足に出来なかった。暑かったこともあり、冷や汗が出て肩が張り具合が悪かった。身体に不安が出てきた。帰宅すると娘夫婦は窓や網戸を大々的に洗っていた。暖かい日だったのでタイムリーだった。

12月11日(金)1日中冷たい雨が降る。植木屋は休み。昨夜、画面が暗くなり使えなくなったPCについて東芝に聞くと修理が必要とのこと。そこでヤマダ電機に持参すると最低2週間かかると言う。妹に電話すると、同じようなトラブルに最近あって、データのほとんどが消えてしまったと言う。やむを得ないと観念した。新しいPCを買えば、と提案された、少し、PCの無い生活をしてみたいからと言って提案を断った。
[PR]
by kittajp | 2009-12-29 06:15 | 前立腺がん | Comments(0)

『しゃべれども しゃべれども』 植木屋初日

今朝は寒かった。それでも寒さには慣れてきた。娘は鼻がグズグズ言っていたが大丈夫だろうか。今日から植木屋さんが来ている。小さいほうの赤松の幹が黒く汚れているので注意する必要があるとのこと。湿度が問題だと言っていたが、今からは乾きすぎるくらい湿度は下がるので様子を見るようだ。この松は以前からそんなことを言われていた。大きいほうの赤松は植木屋さんが、これまで見たこともないくらい大きい松だと言っていた。そういえば、大きくなったものだ。最近は、毎年植木屋さんが変わっている。30年ぐらい長く続いていた植木屋さんが音信不通でいなくなったのが原因。酒の飲み過ぎで、明らかに肝臓を痛めていた顔つきをしていた。午前中、急に、ご主人が大腸で入院していたという教え子から電話があった。病院の帰りに交通事故にあい、ご主人の腕が外れてしまったと言う。泣きっ面に蜂だ。そのため、教え子が、お旦那が経営していた家内工場を続けているが、30キロの製品を運ばなければならず大変だと言ってこぼしていた。68歳の女性で力仕事は長続きしないだろう。昼食は甲府へ出てシャトレーゼのランチビュッフェをとる。ラタトゥイユは沢山あったがニンジンと鳥のクリーム煮が無くなってがっかりした。その代りにキッシュが出ていた。帰宅後、リバーサイドオギノへ買い物に行く。スターバックスでトールラテを飲む。ビデオを見る。『しゃべれども しゃべれども』2007年。日本。東京・下町。うだつの上がらない二つ目の落語家、今昔亭三つ葉は、ひょんなことから落語教室を開くことになる。生徒は、美人だが無愛想で口の悪い五月、口は達者だが関西弁のためクラスになじめない少年・村林、そして、元野球選手の湯河原。3人は言い争ってばかりだったが、少しずつ上達していく。ある時、村林はいじめっ子と野球対決をして負けてしまう。悔しがる村林に、いじめっ子を落語で笑わせてやれ、と三つ葉は提案する。原作に束縛され、不十分に指示を追い過ぎ、見る者には主張が分かりにくい。でも、一時は、廃止も検討された落語教室は役立ち、全員が落語によって新しい世界を開いていく。三つ葉も、五月と結ばれる。
[PR]
by kittajp | 2009-12-10 15:20 | その他 | Comments(0)

『あかね空』

今朝は寒かった。それでも今日の最低気温はプラス1度と昨日に比べ2度高い。感覚的には昨日以上に寒い感じがしたが、日射しが出なかったせいだろうか。今朝の新聞にも映画『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』についての記事が出ていた。今年11月に公開されたもので、インターネットの電子掲示板である2ちゃんねるのニュース速報(VIP)板にて2007年11月から12月にかけての書き込みを基にした書籍が新潮社から出ていると言う。ソフトウェア業界の長時間労働や、苛め等悲惨な労働現場を著わした作品で現代の蟹工船と称されるという。蟹工船と比較されるとは、かなりのものだ。今日も、甲府へ電車で出かける。服装は昨日と一変して真冬の服装に変わっている。フード付きコートが多くなり、電車の中でもマフラーで顔を覆っている人がいたが、自然な服装に見える。それだけ寒くなってきたようだ。私は、昔から電車の中は読書の時間と考えていた。何もせずにキョロキョロしているのも恰好が悪いし、目をもって行く場所もない。今でもその習慣が変わらず、本を見て過ごすが、集中力に欠け、能率が上がらない。シャトレーゼのランチビュッフェへ行く。今日は老婦人が多かった。デザートはクッキーをとった。昨日食べたデザートは1個84円のチョコレート3個だった。今日のデザートはいくら探しても店頭では売っていなかった。夕方、明日から来る植木屋さんが六郷のお父さんに案内してもらって下見に来た。ビデオを見る。『あかね空』2007年。角川。江戸は深川蛤町。職人たちが多く暮らす長屋が並んだ裏町で、井戸から汲み上げた水をじっと眺めている旅姿の男―京の豆腐屋で修行し、江戸で店を持つためにやってきた永吉は、近くに住む桶屋の娘おふみと出会う。お互い惹かれ合うものを感じた二人は、「京や」と言う名前で、京の豆腐を江戸で売り出すために力を合わす。影で見守る相州屋夫婦清兵衛とおしのは、幼くして行方知れずになった息子を永吉に重ね合わせ、何かと力になるのだった。そして18年の時が流れ相州屋があった家作に京やの屋号がかかっていた。長男栄太郎、次男悟郎、長女おきみと言う3人の子もいる。栄太郎は外回りを、悟郎とおきみは豆腐作りを教え込まれていた。栄太郎は同業の平田屋に連れられて賭場に行くようになる。その平田屋に掛け金を借りる為に証文を書き期日までに返金できないときは家作を提供するというものを書いた。永吉事故で亡くなった時に、平田屋は傳蔵と証文をかたに、家の明け渡し迫ってくる。しかし、傳蔵はスリを使って証文をすり替えて、京やを救う。原作は、江戸を舞台に数々の人情味溢れる時代小説を発表している山本一力。分かりやすい映画で十分楽しめた。
[PR]
by kittajp | 2009-12-09 15:56 | その他 | Comments(0)

ブラック企業

b0070657_15332395.jpg
今朝は6時に氷点下1,1度までに下がったと言う。いよいよ氷の世界へ入った。湿度も下がったて来たので洗濯を始め、部屋干しを始めた。気になっていたのはアウターにドレッシングの滲みが出ていることだった。多分、シャトレーゼのランチビュッフェで背中にかけられたものだろう。それを洗濯しても全く綺麗にならない。ネットで調べたら台所用の洗剤が良く落ちると言う。跡形も無くなると言うわけにもいかないが、ほとんど見えないようになった。狭い場所で右往左往するので仕方がないことかもしれない。割合、簡単に取れることが分かったので、これからも気軽に行くことが出来る。ところで、今日の新聞には、また恐ろしい単語が出ていた。ブラック企業という名前だ。説明ではインターネット上で労働者に過酷な労働環境を強いる企業を指すと言う。「ブラック企業」のリストが毎年更新され、学生の就職活動の指標ともなっていると言う。それも一部上場の大企業に存在すると言う。残業代も出ないのに深夜も土日も暗黙の了解で残業させられると言う。ノルマが達成されないと上司が丸坊主になると言うペナルティーがあり、うつ病で辞める人が増えていると言う。背景には非正規雇用を増やし、正社員からの代替が進んだことにある。人件費を資材費や物品費など雑費扱いする企業が出てきて人を人として扱う感覚が薄れてきていると言う。この問題でネットサーフィンしてみたが驚くべき実態。現代の労働者は病んでくるだろう。恐ろしい世の中になったものだ。天気が良いので甲府へ電車で出かける。懲りずにシャトレーゼのランチビュッフェへ行く。ニョッキの代わりにニンジンと鳥肉のクリームにとキャベツと牛肉の煮物が出ていた。ラタトゥイユは遅くなって出てきた。ビーフカレーに人気があるようだ。相変わらず混んでいる。やはり帰宅に向かう電車の中では居眠りをする。直ぐに疲れてしまう。それだけに、出来るだけ外に出かけるのは身体のために良いと思う。帰宅後、サンフーズへ買い物に行くい。甲府だけで疲れてしまい、リバーサイドアピタへ行く元気が無い。ハワイでは全く疲れないのに、日本では直ぐに疲れてしまうのだろうか。昨年12月3日に本栖湖で撮った富士山をアップする。
[PR]
by kittajp | 2009-12-08 15:33 | 富士山 | Comments(0)

『パッチギ! LOVE&PEACE』 歯医者

今朝は寒かった。天気予報も、気温が下がり湿度も下がって来たので、うがいをして風邪を引かないようにと注意していた。8時になり日が出てくるまでは寒くて震えていた。湿度は30%と急に下がっていた。確かに風邪の季節に入った。天気は良いので洗濯を始めるが、寒くて外に干しに出るのがおっくうになる。入れ歯が割れたので歯医者に電話を入れ、10時半の予約をとる。9時41分の電車で出かける。その時間になると寒さも無くなったが、挨拶は、「今朝は急に寒くなりましたね」という挨拶が多い。歯の治療は世間話をしているうちに終わってしまった。私の前の患者さんは80歳で、医者が処方する飲み薬で、味は全くしないと言う話。そんなことでは生きていてもしょうがないので、自分で薬の量を半分にしたら味がするようになったとのこと。私は最近朝は味噌汁にソーメンを入れるにゅうめん、夜は玉子雑炊ですよ、と話したら、一人だったら、それが一番でしょうが、二人だったら、そうも行かないですよと、歯医者さんは話していたが、簡単レシピは独り者の特権かも知れない。昼食はシャトレーゼのランチビュッフェにした。メインはビーフカレー、ラタトゥイユ、ニョッキにした。肉団子と、白菜の玉子焼きがあった。デザートはチョコレートにした。お酒の入ったチョコレートが美味しかった。行き帰りの電車で富士山も良く見えた。疲れた。歳のせいだ。ビデオを見る。『パッチギ! LOVE&PEACE』2007年、日本。「パッチギ」は朝鮮語(韓国語)で「突き破る、乗り越える」ならびに「頭突き」の意。1974年の枝川(現在の東京都江東区)。アンソン(井坂俊哉)とその一家は、病にかかった息子チャンス(今井悠貴)の治療のために、京都府からこの街に引っ越してきた。アンソンはある日、駅のホームで京都時代からの宿敵近藤(桐谷健太)と遭遇し、彼が率いる大学応援団と朝鮮高校生との大乱闘に巻き込まれるが、気のいい国鉄職員の佐藤(藤井隆)に助けられる。佐藤はその争いが原因で国鉄をクビになってしまうが、アンソンの家族とも親しくなり妹キョンジャ(中村ゆり)にほのかな思いを抱く。キョンジャは、ある日ホルモン屋の手伝いをしていた所に偶然に客として居合わせていた芸能プロダクションの関係者からスカウトを受けたことをきっかけに芸能界入りを決意する。しかし芸能界への一歩を踏み出すものの、なかなか芸能界独特のしがらみに馴染めない。そんなキョンジャに対して声を掛けてくれたのは、自然体で業界に染まらずにいる先輩俳優の野村(西島秀俊)だった。やがてキョンジャはそんな野村に迷いながらも惹かれ始めていく。一方チャンスの筋ジストロフィーの病状は次第に悪化し、医師より日本では助かる術がないと宣告される。アンソンはアメリカでの治療にかかる莫大な費用のために無謀な計画を立て、佐藤を巻き込みたった2人で韓国へ金の密輸と言う危険な仕事へと突っ走っていく。愛する者の命を救うために。しかし、警察に追われるが、佐藤が犠牲になってつかまり、アンソンは逃げる。そしてキョンジャの恋の行方は韓国人の女性とは遊ぶいだけと言う野村の考えが分かり別れる。キョンジャは映画「太平洋のサムライ」と言う映画の主演に決まる。ただし名前は青山と言う名前で。シンデレラガールと言うことでスポーツ紙には5段抜きで紹介される。映画の完成発表会であいさつに立ったキョンジャは自分が韓国人であることを告白すると、会場は騒然とし、日本人と朝鮮人の乱闘になった。佐藤も起訴されずに戻ってきていた。その乱闘に加わり、頭突き・パッチギで対応した。翌日、チャンスの自転車の練習を関係者が見守って終わる。ところどころに、アンソンの父親のヤップ島での戦争体験がフラッシュバックで入ってくる。在日コリアンが直面していたとされる差別の場面が数多く登場する。産経新聞では、「日本人が戦前においては如何に残虐で、また今日においても如何に差別的であるかを強調し、日本人であることが嫌になる内容」を持つ徹底的な反日映画であると評しているが、それもうなずける面がある。
[PR]
by kittajp | 2009-12-07 15:15 | その他 | Comments(0)

『アヒルと鴨のコインロッカー』

朝の内に日が出てきた。その上、天気予報は良く乾くと伝えていたので急いで洗濯を始める。ところが洗濯が終わった時には曇って来て日が隠れてしまった。しょうが無く部屋干しにする。でも11時半ごろにまた日が出てきて暑くなって来た。典型的な長閑な年の暮れの天気になった。午後からリバーサイドアピタに行き、スターバックスでトールラテを飲む。しかし、店を出るときには暑くなりシャツ姿で歩いていた。シャツ姿で歩く人も少なからずいた。それだけ過ごし易い気候だった。ボーナスが出たのだろうか、お店はかなり活気だっていた。クリスマス飾り、シクラメンも売れていた。家族連れが多かった。リンゴやミカンを箱で買って行く人が目立った。でも、衣類売り場は寂しい。若者はみんなユニクロへ行ってしまったのか。日向ぼっこをしながらビデオを見る。『アヒルと鴨のコインロッカー』2007年、伊坂幸太郎の五本目の長編。第25回吉川英治文学新人賞受賞作。大学入学のため仙台に引っ越してきた椎名(濱田岳)は、奇妙な隣人の河崎(瑛太)に出会う。初対面だというのに河崎は、同じアパートに住む孤独なブータン人留学生に広辞苑を贈るため、本屋を襲おうと奇妙な計画を持ちかける。そんな話に乗る気などなかった椎名だが、翌日、モデルガンを片手に書店の裏口に立っていた。 椎名という大学生の現在の物語と琴美という女性の二年前の物語が交互に描かれる、カットバック形式の小説。ボブ・ディランの名曲「風に吹かれて」を口ずさむ椎名は引っ越し先のアパートの隣人(河崎と名乗る)に「本屋を襲わないか」と誘われる。断りきれなかった椎名は本屋から広辞苑を奪う手伝いをさせられてしまう。ブータン人に鴨とあひるの違いを調べさせるために。その計画の後、河崎やペットショップの店長をしている麗子から二年前の話を聞かされることになる。二年前の物語は琴美、その恋人であるキンレィ・ドルジ(ブータン人)、河崎、麗子を中心に展開する。世間で多発しているペット惨殺事件の犯人たちに出会ったことにより、琴美が目を付けられてしまう。琴美は何度も襲われるが、ドルジや河崎に助けられ、逆に犯人たちを捕まえようとする。ある時ドジルと琴美はゲームセンターでペット惨殺の犯人を見つけ警察に連絡する。しかし、彼らが逃げる途中で琴美はひき逃げされる。犯人たちも1人を除き逃げる途中の交通事故で亡くなる。その残った犯人が本屋に勤めていたことを知る、ドジルと川崎は襲おうとして本屋の前まで行くが、川崎の体調が悪くなり亡くなる。その代りを、椎名にさせて、本を盗むと同時に、ペット惨殺事件の生き残りを野原の木の下に縛り付け鳥葬にしようとしていた。しかし、直ぐに、警察に保護される。椎名は父が病気になり急に家に帰ることになる。それを見送りに行く、ドルジは途中で麗子に自主するように勧められる。駅のロッカーへ椎名はボブ・ディランの名曲「風に吹かれて」をエンドレスでかけたカセットを入れて鍵をかける。神の歌声と感じているので、ドルジに神のご加護があるように。ところが、その帰路、ドルジは犬が車にひかれそうなのを助けて車に飛び込む。伏線が多すぎて分かりにくい映画。
[PR]
by kittajp | 2009-12-06 15:32 | その他 | Comments(0)

歩け歩け大会

b0070657_15423236.jpg
今にも降り出しそうな天気だったが、今日は公民館の史跡めぐり歩け歩け大会。天気が悪いので気が進まないが、今年は私が公民館長なので無理をして出かける。集合時間の8時半に間に合うように出かける。出かけるときに前の魚屋に会い、来年のお祭りの年番は私の希望通りカバン屋さんを入れると連絡があった。気温が低いので下着はヒートテックに着替えて出かける。公民館には70歳代の人が25人ぐらい集まっている。物好きが良くいたものだた驚く。それにしても、公民館の利用者は70歳代かということにも驚く。最初は、昔の高田村印沢の葡萄園に入る。中に大きな塚があり社が祭られている。弓削塚と言い、大伴武命の墓という。この葡萄園にはほかにも古墳が2か所あり、すでに持ち主により発掘されていると言う。次に弓削神社へ行き、明治政府によって周りの神社を併合して、政治的に大きな神社になったと説明を聞く。続いて「いぼ地蔵」へ行く。畑の中に3体の地蔵さんらしい石像が並んでいた。いずれも変な形に削られている。この地蔵の石を欠いて細かく砕き粉状になった石を患部にすりこむとイボが治ると言う。続いて弘法大師の手の跡が残っている印石を見る。石のまん中に手の平と指の跡が見えるが、怪しいものだ。地域の字名を印沢と言うのでインパクトの強い事件があったようだ。つぎに一宮浅間神社に行き小休止。そこでトイレに行くが寒過ぎてオシッコが出ない。嫌な経験をした。その後、864年にこの神社の禰宜をしていた伴秋吉の墓に行く。お墓の前に石鳥居がありそれらしい石祠があったが、インチキくさい。続いて六地蔵へ行く。錦鯉屋さんの敷地内にあったが、灯篭の回りに地蔵が6体彫られている。室町時代に流行した石像だと言う。等々を見物しながら歩いて3時間、落後者も無く無事終了する。途中、干し柿のすだれが沢山見えた。それでも、干場が半分空いている。それだけ生産量が減って来たのだろう。午後からは雨が降ってきたが、リバーサイドオギノへ行く。スターバックスでトールラテを飲み、買い物をして帰る。帰宅後は、NHKテレビで、ヴァンフォーレ甲府と熊本の最終節の試合を見る。雨の中を甲府のサポーターは良く応援していた。しかし、J1リーグへの昇格は出来なかった。でも、最終節までJ1昇格の可能性を見せていたので十分楽しませて貰った。この雨の中の試合を娘夫婦はびしょ濡れで応援していたと言う。若さは素晴らしい。今夜は娘の家でキムチ鍋だと言う。昨年の12月3日に本栖湖で撮った富士山をアップする。
[PR]
by kittajp | 2009-12-05 15:42 | 富士山 | Comments(0)