妻の思い出

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最低気温1.3度、最高気温6.4度、湿度70%、昨夜から冷たい雨。時々雪が舞う。富士山は全く見えない。雪は、近くの山を真っ白にしていたが、家の近くは積もるほどではなかった。雨も、午前中でほぼ止んだ。あさイチで、バレンタインデーのお返し、ホワイトデーの贈り物を前の家のカバン屋さんに届ける。最近滅多に顔を見ることがない叔母さんの顔が見れて良かった。1年ぶりだと思う。全く変わっていなかった。「何時も、悪いね」、と恐縮していた。海老で鯛を釣る行為だと、いうことをよく理解しているようだ。娘の旦那に言われて、明日は女房の10回目の命日だと気づいた。と言うより、まったく忘れていた。10年前は疲れ切っていた。手がかかる女房が亡くなって、やっと自分も死ねる。とホッとした思いだった。2002年7月前立腺がん末期だと告げられ、1年以内に動けなくなるので、女房を施設に入れるように、癌の担当医から勧められる。一生懸命に、飛び回ったがアルツハイマー病・痴ほう症と言うだけで、断られた。テスト入所したが駄目だった。でも、役場の斡旋で、1年後2003年7月に老人医療センターに入所できた。しかし、認知症治療の知識がない時代で、そこも長続きせず、直ぐに9月には峡西病院へ転院した。亡くなったのが、2006年3月11日だった。発病したのが1992年、2001年2月からホームヘルパーを入れる。9月からデイケアを併用して、勤務を続けていたが、この時期が一番辛かった。苦労の多い思い出が先行する。昼食は、イオンモールの若太郎で鯛茶漬けを取る。イオンモール甲府昭和店は、今日がオープン5周年ということで、入り口で紅白の饅頭を配っていた。今日は、女房の看病日誌や、ヘルパーさんとの連絡帳、デイケアとの看護日誌を懐かしく読んだ。大笑いと涙が出てくるような奮闘ぶりだった。先日の日比谷公園の松本楼で出された前菜をアップする。ムール貝と野菜のサラダだったが、準備されていた肉用ナイフでは食べにくいので、魚用ナイフを使った。何時の間にか、魚用ナイフを再度もってきて補充してくれていた。
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by kittajp | 2016-03-11 16:33 | 前立腺がん
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