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2013年 04月 14日 ( 1 )

村上春樹を読んだ

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今朝も寒かった。と言え目覚めは遅かった。何時までも眠れそうだが、無理をして起きた。歳を取っても、春眠暁を覚えずの心境だ。朝トイレを使ったら、赤い血がついてきた。鮮血だったから、切れ痔だろうと解釈した。近いうちに大腸の検査を申し込んでいるので、その時に注意しよう。目覚めは、良くなかったが、昨夜、六郷から貰ったワラビの卵とじで朝食を摂る。季節の野草を味合うのは嬉しい。否応なしに季節を感じさせてくれる。青葉の季節らしい、気持ちの良い天気だった。親戚の七七忌の品が届いた。日にちが経つのは早いものだ。昼食はイオンモールで「炭火焼きバジルチキンサラダ定食」を摂る。お店の中は、子連れの若夫婦が多かった。何時も来る常連さん夫婦も来ていた。村上春樹を読み終わった。その概要は次の通り。8日に河口湖で撮った富士山をアップする。「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」村上春樹 2013/04/15 文芸春秋 大学2年生の7月翌年の1月にかけて多崎つくるは死ぬことだけを考えて生きていた、と言う出だしで始まる。その理由は、名古屋に住む高校生仲良し5人組のうちの4人から、急遽仲間外れにされたことだ。そんな話を肉体関係にある、女友達の沙羅したところ、彼女から、その原因を調べた方が良い、と提案されて多崎はその気になった。多崎は36歳、沙羅は38歳の時だった。先ず車のディーラーをしている青梅に訪ねると、その原因はピアニストの白根が多崎にレイプされたと言ったことが原因だと言う。啓発セミナーを経営している赤松を訪ねると、有り得ない話だと思ったが、女性陣が主張するので追放に同意したと言う。次に告発した白根は、27歳の時に亡くなっていると言い、もう一人の女性・黒埜はフィンランドに住んでいると言う。そこで、フィンランドに出かけ彼女を訪ねると、当時白根は精神的に深刻だったので彼女のいう事を支持するほかは無かったと言った。彼女は、多崎を好きだったので、どちらを支持するか迷った結果、彼女を支えることになって仕舞ったと言った。帰国後、多崎は、沙羅に君を欲しいと電話で伝えたが、3日間だけ返事を待って欲しいと言う話で、明日がその3日目になると言うところで終わっている。これまでの様に、幻想的、象徴的、抽象的な表現は無く読みやすかった。リストの「巡礼の年」と言う曲が時々流れていた。また、多崎は、苗字が色彩を表していないことは、個性が無い人間を表すと考え、そのコンプレックスに悩んでいた。しかし、名前の「つくる」は、駅舎建築を夢み、実際に電鉄会社に勤め夢を実現し、彼の姿を現していた。
by kittajp | 2013-04-14 16:01 | 富士山